元小学校教員である「私」のもとに、ある青年が自伝的小説を持ち込む。青年は支那人の父の血を引き、周囲から疎外されて育ったセルロイド職工であった。彼の知的障害のある妹は病院へ奉公に出るが、院長の息子に利用されて放火の罪を着せられ、投獄されてしまう。青年は院長の息子への復讐を企てるが実行する勇気を持てず、深い鬱屈と自暴自棄に陥る。その「復讐の代償」として、青年は偶然万引きを見かけた薄幸の少女・ミサ子を脅迫し、無理やり肉体関係を結ぶ。ミサ子は実父から虐待されて悪事に手を染めかけていたが、本来は純真な心を持っていた。青年の良き相談相手であった免職教員は、ミサ子の事情を知って彼女を正道へ導き、自らの妻として迎える。しかし、ミサ子が青年との子を身ごもっていたことが発覚し、教員の母から詰問された彼女は絶望して家出する。行き場を失ったミサ子は断崖から身を投げて致命傷を負う。死の淵で彼女は、駆けつけた青年に向けて恨みではなく純真な「微笑」を残して息絶える。その微笑は青年の魂に永遠の悔恨を刻み込むことになった。手記の最後は退職教員自身の付記で締めくくられ、自らの至らなさを悔いつつも、悪に堕ちた人間を絶望せずに導き続けるという悲痛な決意が語られる。
役割主人公・語り手
手記の筆者。支那人の父を持ち、社会から疎外されて育った元犬殺しの青年。妹を陥れられた復讐心と自身の良心の間で葛藤し、その代償としてミサ子を罠に嵌めてしまう。
役割語り手・師匠・導き手・家族
序文と末尾の付記の語り手である免職された教員。青年の良き相談相手であり、罪を犯したミサ子を救済しようと彼女と結婚するが、結果的に悲劇を招いてしまう。
役割恋愛対象・犠牲者
小鳥屋で育ち、のちに実父の元で虐待され悪事に染まりかけた少女。青年に弱みを握られ関係を持ち、その後教員と結婚するが、青年との子を身ごもっていたために居場所を失い投身する。
役割家族・犠牲者
青年の知的障害を持つ妹。病院へ奉公に出るが、院長の息子に利用され、放火の罪を着せられて懲役9年の判決を受ける。
役割脇役
妹が働く病院の院長。紫色の室に執着し、青年に謎めいた人骨の壺を見せるなど奇異な行動をとる。のちに急死する。
役割敵役
院長の死後、莫大な借財を清算するために病院に放火させたと噂される男。青年の妹を手籠めにし、彼女に罪を被せた張本人。
役割家族
青年の実父である支那人。極度の人間嫌いで、死んだ竹を石と同じだと言い放つなど、独自の変態的な偏愛を持つ。
万引きの弱みを握り、復讐の代償として無理やり肉体関係を結ぶ
青年の告白を聞き、彼を善い方向へ導こうとする相談相手
妹を陥れた怨敵であり、復讐の対象
彼女の罪を赦して正道へ導くために結婚した夫
不憫に思いつつも、彼女が罪を着せられたことで強い自責と復讐心を抱く
奉公人である彼女を利用し、手籠めにした上で放火の罪を着せる
時代背景
大正から昭和初期
場所
郊外の街や病院、セルロイド工場周辺
国
日本
- 社会的疎外と悪意が人間の良心にもたらす葛藤
- 自己の鬱屈した復讐心を無関係な他者へ向けてしまう罪の連鎖
- 罪を犯した者を救済しようとする道徳的試みとその困難さ